文具

男のシステム手帳~①外部脳としてたどり着いた使い方

2024年10月2日

当ブログの話題としてそぐわないかなぁ、とも一瞬よぎりましたが
このブログで発信していることや日常の仕事・生活もろもろにおいて
原動力でありこれなしでは生きていけない相棒の話なのでここに書きとめていくことにしました。

その相棒、「システム手帳」の魅力についてお話したいと思います。
この記事はその第一話となります。

システム手帳ってなに?
は省略させていただきます。

それより、
いまどきシステム手帳???
オワコンじゃないの???
と思われる方が大半ではないかと想像しています。

それをわかってあえて、システム手帳の話、特にタイトルに記した
「男のシステム手帳」について個人的な経験と見解を整理していきます。

私はもともと田舎育ちで少年のころから文具が大好きです。
エヴァンゲリオンの庵野秀明監督が少年時代を過ごした
こじんまりした街で同じ空気を吸って育ちました。


社会人になり東京に来てからはたまに銀座の伊東屋に出向いたりすると、
半日くらいはぶらぶらと何をするでもなくそのビルで過ごせるくらいです。
なんというか、文具の佇む匂い、空気感が好きでとても落ち着くのです。

銀座 伊東屋 システム手帳サロン

2024.10.4~10.21まで銀座 伊東屋 システム手帳サロン
が開催されるとのメールが来ましたので掲載しておきます。

文具好きの方は、これ以上言わずとも首を縦に振ってくれるのではないでしょうか。

なおこの手の話は、強いこだわりなしには書けません。
ある人には納得できても別のある人には全く理解できなくて当たり前です。

システム手帳について何かを書くということは、
かなり偏向したことを書くのだと自覚しつつ、それでも
以下の話が、どなたかの日々の生活にちょっぴりとでも潤いになれば幸いです。

システム手帳の生い立ち

国内にシステム手帳なるものが登場したのは1984年でした。
それから一気に爆発的人気となっていくわけですが、このあたりの事情を適確に
説明している舘神龍彦(たてがみたつひこ)氏のNTT出版記事が古いながらも秀逸でわかりやすい。

手帳の文化史 NTT出版Webマガジン -Web nttpub-
手帳の文化史 NTT出版Webマガジン -Web nttpub-

www.nttpub.co.jp

私も舘神氏と近い世代ですので、前記記事に書かれた話はよく理解できます。

学校卒業後に、とあるコンピュータを開発するメーカーに入社したのですが、当時は
一般に「年玉手帳」と呼ばれた社給の手帳が支給され、それを社員は違和感なく使っていました。
企業によっては気軽に協力会社にも配ったり、或いは顧客へ宣伝用に渡すこともありました。

当時、国内ではその会社固有の手帳を社員に配布していることが多かったのですが、
それにもデザインも中身もそれぞれで会社の創立理念から支店の住所や電話番号まで
詳細に載せているものもあれば、わりとあっさりと実用面重視の手帳もさまざまでした。

私は取引先からもらった年玉手帳のほうが余計な情報もなく品格もあったので
自社のは捨て、それを常用するようになり年の暮れには「あの手帳入手できる?」
とおねだりをしていたほどでした。

言うまでもないのですが、念のため・・・
この時代はネットも携帯ももちろんありません。
そういった「三丁目の夕日」の名残がある時代だとご理解ください。

1984年、この年玉手帳文化の日本に黒船がやってきたのです。

イギリスの「Filofax(ファイロファックス)」がバイブルサイズのシステム手帳を
携えて初めて日本に乗り込んできました。
つまり国内で元祖システム手帳といえば、Filofaxのことを示します。

1921年創立のFilofax社にはさまざまな逸話があって、古くからシステム手帳を作っていたようです。
(となるとシステム手帳の歴史はもう100年を超えたということになります)

1940年にはロンドン大空襲で会社も焼けてしまったのですが、当時の臨時秘書をしていた
グレース・スカールという女性が「リフィルを生産するから注文して!」と顧客に訴えて
Filofaxの経営危機を救い、のちに彼女は30年間に及び社長として活躍したという伝説があります。

当時はFilofaxという社名ではありませんでしたが、グレースの顧客名簿のことを
「File of Facts(真実のファイル)」と呼びこれが社名の元になったそうです。

で、話を戻すと黒船到来後、私の周りの先輩たちはこぞって
Filofaxのシステム手帳をこれ見よがしに使うようになりました。

そこには社訓や支店名など会社に帰属している感がなく、
何かとても自由で開放的であり、知らない世界へ続く扉のような予感がありました。

「カッコいいなぁ~オレも欲しいなぁ」

しかし当時から手帳としてはうんと高額、しかもリフィルも別売で普通のノートより高い・・・
まだ新米の私は手が出せずに先輩のFilofaxが羨ましくて仕方ありませんでした。

なお、舘神龍彦氏は手帳についての造詣も深く、たくさんの書著があります。
私も彼の著書に影響受けまくって、今に至っております。

舘神龍彦氏の著書
舘神龍彦氏の著書

amzn.to

KENBOのシステム手帳遍歴

夢にまで見たシステム手帳ですが、最初に買ったのは
日本能率協会のバイブルサイズBindex(バインデックス)でした。

Bindexも今ではNoltyに統合されて、種類は減りましたが普通に販売されてます。

当時、私にとって購入にはかなり勇気が必要でした(価格的に)。

その後、いろいろとサイズやメーカの異なるシステム手帳だけではなく、
ある年は綴じ手帳だけで過ごしてみたりと変遷を繰り返し、
2010年頃からはやっぱりこれしかない!と
バイブルサイズのシステム手帳に落ち着いています。

Bindex、Filofax、Davinci、KNOX、Plotter、GANZO、Brelio、ASHFORD、CYPRIS・・・
サイズはバイブルか小さなM5、A5サイズまで試して、
さらにバイブルだとナローサイズもあり、皮革の種類もカラーもいろいろに
有名どころのシステム手帳をあれやこれや使ってきました。

綴じ手帳を使っていてもいつも不満が出てきて、
必ずシステム手帳に戻ってきました。

カレンダー付の綴じ手帳は個人的にどうも苦手です。
この手帳の中に全て収めなさいと強制されているようで、
レイアウト様式も何もかも縛りを感じるせいか心理的に受け付けません。

わかったことは、自分に合う完璧な綴じ手帳は存在しない
というシンプルな悟りでした。

綴じ手帳でもシステム手帳(=カバー)もだいたい半年から1年程度で目移りしてきたのですが、
2022年からは私の欲しかった要素が全て整っていて、
これはもう一生モノとして使っているシステム手帳があり、
今回これについては本記事の最後に少しだけ触れます。

何を言いたいかというと、30年以上に渡ってあちこちつまみ食いしてきたが、
システム手帳の年季の入ったヘビーユーザだということです。

男のシステム手帳

システム手帳といっても本当にサイズもデザインも価格もいろいろです。
1984年のFilofax登場から40年たって、かつての熱狂ぶりはもうどこにも見当たりませんが、
今も私のような岩盤層ユーザがいて、さらに最近は女性のファッション的な利用も多いのでビックリです。

YouTubeなんかで驚いたのは、若い女性が何種類も
カラフルなシステム手帳を使っていて、
リフィルの使い方も手が込んでですごくカラフル。

時代が変わってファッションアイテムのひとつになっていることに、
これはとても追いつけないなと思うばかりです。

私は一冊で十分で、これ以上でもこれ以下でもなく一冊入魂。

私の使い方はYouTubeで見かけるものと全く真逆でして硬派と言えます。
何がどう硬派かはあとでご説明するとして、
これぞ男のシステム手帳を見つけました。

この記事を書いたきっかけとも言えますが、noteで見つけた
Winchesterさんのこの記事にインスパイアされたのです。
Winchesterさんには感謝です。

男の手帳の作りかた|Winchester
男の手帳の作りかた|Winchester

note.com

Winchesterさんの記事に出てくる、Filckrの"Filofax-The Official Flickr Group"は圧巻。
これぞ「男のシステム手帳」です。

私もWinchesterさんと同じ思いに浸りつつ
George Redgrave氏の投稿写真を順に説明していきます。

まずは使い込まれボロボロになった革、
用紙も小さな文字がびっしり並んでいます。

左下の画像には、金具も皮革から外れているくらいですが、
逆にRedgrave氏の手帳への愛着と年季の入った渋さが伺えます。

思考をひとつひとつ丹念に言語化しそのプロセスを楽しんでいる
そんな集中して静かな時間が流れているような写真です。

下図で右下の画像は亡くなった奥様の写真とのことです。

手帳を開いて最初のページに、真っ先に目に入るようにしている。
これがなんとも粋であり、素敵ではありませんか!
こういう手帳に仕立てる男はそれだけで信用しちゃいます。

亡くなった奥様への愛情を手帳に閉じ込めて、
いつもそばにいてくれてありがとう!
という無言のメッセージが伝わってきます。

この写真が最初のページにあり、開いたら必ず眺めているGeorge Redgrave氏の
愛情深い眼差しとストイックな生活が浮かんできます。

なぜ私はバイブルサイズにいつも戻るのだろう?
その自問に対してこの写真のひとつに「HOLY BIBLE」があるのを見てハッと気がつきました。

バイブル(聖書)は人類の長い歴史の中で、常に同じサイズであり、
数えきれない人々の手にあったわけでそれは今でも変わりません。

両手で持って開いても、片手で掴んでもなぜか安心できるちょうど良いサイズとして
人のDNAに刻まれているような感覚さえあります。

手に取って大きくも小さくもなく常に生活に密着し寄り添っているサイズ感。
だからではないか、結局自分の生活でも違和感が全くないのは、と思い至ったのです。

因みにこの画像を見ると、Redgrave氏はM5サイズだけではなく
バイブルサイズも愛用している様子が伺えます。

食事を終え皿の向こうに手帳を置いたままそれを眺めている。
男は何を考えているのだろうか。
ただ、人生が凝縮されたものがそこにあるのは確かだ。

・・・下の右上にある写真から、そんな小説の書き出しが浮かんできます。

外部脳=システム手帳に求めている唯一の機能

長い期間、システム手帳を使っていて思うことがあります。

なぜシステム手帳を使うのか?
なぜ綴じ手帳ではダメなのか?

約10年前まで自分の中でもモヤモヤしたままで、
自分の心に問いかけた答えをもっていなかったのですが
今は明確に自覚できています。

私がシステム手帳に求めていることは、
細かいスケジュール管理や小ぎれいに情報をまとめたり、
日々のログや日記を書くことでは決してありません。

私にとってこれらはゼロではないものの、
どちらかというとどうでもいい要素なのです。

求めることは、
自分自身の外部脳として機能させたい
ということに尽きます。

システム手帳に求めている「外部脳」要件とは

  • ひらめきや思いを言語化し、言語化したものから思考を促す
  • 忘れてはいけない重要事項を取り出せる
  • いつでも瞬時にアクセスできる
  • 書き留めたものが「システム化」して利用できる
  • 自分の分身としての一体感

突き詰めるとこういうことなのですが、それぞれ具体的に説明します。

ひらめきや思いを言語化し、言語化したものから思考を促す

私は基本的には「紙とペン」派です。
コンピュータの世界は社会人に成り立て時代よりエンジニアとしていつも側にありました。
今再び人気が上昇している半導体設計技術者でもあり、デジタルに馴染む意味では
最初からどっぷりと馴染むどころかデジタルの海で仕事していました。

パソコンが世に生まれた時代に、まだほとんどの日本人が
「パソコン?なんだそれ?聞いたことないな」という時代にパソコン開発をしていました。
今、もちろんデジタルツールも併用していますが、「紙とペン」が必須です。

なぜなら、例えば思いついたアイデアを忘れないうちに何かに記録するには
PC、タブレットやスマホなんかより「紙とペン」の方が速く確実だからです。

アイデアというものは、私の場合夜中に突然思いついたり(きっと夢見ながら)、
トイレにこもっているときにかすかな兆しが現れて、
しかしながらほっておくとどこかにすぐに消えてしまう性質のものです。

それを何とか消える前に捕まえたい、だから紙とペン。

新しい商品の企画方向性や、商品内容のコンセプト、スケジュールや価格設定、
ターゲット客層とその困り事を想定したりとランダムな着想を言葉や絵にしています。

それらは雑多ななぐり書きのようなものですが、
言葉や絵になった情報を眺めているうちに
そこでようやく思考のエンジンがかかります。

ちょうど頭の中に飛び交う想念を捕まえて、
それを紙の上にラフスケッチしているようなものです。

雑多なスケッチ、なぐり書き情報が相互に関係しあい、
やがてひとつの像を結ぶようになるのは、
そこに言語化された紙を眺めているからにほかなりません。

つまりもや~っとした思いを一旦強制的に言語化を試み、
今度はその言語化されたものを起点に想像が働くというような意味合いです。

キレイに書くためではないので消しゴムもフリクションペンも不要です。
間違ってもそのままか、線を引いて消すだけなので常にボールペンのみ。

書いたものを消す労力も時間も惜しいし、それ以上に人間が怠惰なせいか(笑)
脳にちらつく、その先に見え隠れするアイデアを再び言語化する方が優先なのです。

商品作りの例を書きましたが、客先へ何かを提案したいとき、
どこかでプレゼン資料を使って説明しないとならないとき、
こういった場合も同じです。

何をどのように言うべきか、提案すべきか、その順番はどうか、
とか企画と一緒なので知識と想像をフル活用しないとなりません。

そのことに集中していると、ふとアイデアが湧くことがあります。
ただ数秒もしないうちに淡くなり消えていくので、
そいつを自分だけがわかる何か言葉か絵にしておきたい。

だから想念のスケッチ。

この作業にデジタル機器では追いついていかないのです。
録音して文字起こししたら?と質問がきそうですが、
言語化とは文字、図、表などいろいろあり頭の中にある
妄想が飛んでしまう前に形にすることに意味があります。

提案書なり、企画案なりのネタ材料が手帳のなかで徐々に揉まれます。
なぐり書き情報が少しずつ結びつき、やっと形になり、流れが見えてきます。
ここまでの話はすべてシステム手帳の中で行っています。

最初ぐちゃぐちゃの情報がイメージとして
固まってくるとやっとパワーポイントなどの出番です。

ここに書いたことをもっと平たくいうと、スケジュールや日記を
チマチマとキレイに書いていくことには全く興味がなく、
実益(売上増、利益増、自分や他人にとって有意なこと)
に繋がる思考を練る場として優先しているということです。

なんだ、それなら普通のまっさらのノートじゃだめなのか?
という疑問が出てくるかもしれませんが、ノートではダメです。
他の要件を同時に満足することができないからです。

忘れてはいけない重要事項を取り出せる

スティーブン・R・コヴィー 博士の有名な著書で「7つの習慣」をご存知でしょうか。
随分昔から繰り返し読みましたが、これは名著だと今でも思います。

表現方法の好き嫌いは度外視してこの本で定義されている第三の習慣、
「最優先事項を優先する」
ための思考の道具としてシステム手帳を使っています。

目の前にある緊急の話ではなく(→これはこれでやっつけなければコトは進まない)
「重要度が高く、緊急度が低い」事柄を解決するための道具に使っています。

人生ではさまざまなことが起きますが、普通の意味でのスケジュール予定や、
今日はどうだった的な日記レベルの話はたいていが重要度も緊急度も低いです。

本当に重要であって、実は緊急度が低いものこそ見極めよく考えてみる価値があります。
コヴィー 博士の言う通りだなぁと歳を重ねるごとに痛感します。

毎日のスケジュール記入や日記は私の場合、価値の低い情報です。
スケジュールはチームで行う場合は企業内の共有サーバーでも更新でき、
関係者全員のがいつでも見ることできるし、スマホでも管理は可能ですし。

15分刻みで変化する可能性のある予定をいちいち書いても無意味。
その日起こった出来事を書き留めたところでそれは何の意味がある?
あとで懐かしむため?馬鹿らしいと感じてしまうのです。

スケジュールについては私の場合は月間ブロックのリフィルにて、
どうしても守らないとならない約束事
だけを忘れないようにメモしている程度です。

約束事には、他人との約束事と自分自身との約束事と二つあります。
これを期限付きで書くのでカレンダーがあったほうが便利、に過ぎません。

それで何とかなっています。
1日1ページなどの手帳やジャーナルは精神的プレッシャーも大きく
私の生活にも性格的にも全く合ってなく不要なのです。

守るべき約束事以外に重要なものとしては、終活を意識した
個人的な情報であるクレカ、銀行口座、そのほか主要なサイトなどのログイン情報なんかを
こちらはやや厚手の用紙にメモし、家族なら辿れるような形に整理しています。
(人は誰でもいつどうなるかわかりません。
この件での具体的な整理方法はあらためて別の形でご紹介予定です

PC上の数え切れないほどのWEBサイトについてのログイン情報は、
RoboFormで管理しており実際のところこれにお任せですが、
PC、スマホ含めてデジタルデバイスでは機器の故障など含め
必要な時に手がかりがなくなってしまう可能性もあります。

そんな場合でもローテクの極みである紙に書かれた情報は、
ピンチを救ってくれることが多々あるのです。

ああ、忘れてました。
忘れてはいけない重要なことの例として;

どこかの旅館で呑んだ美味しい日本酒の銘柄であったり、
思い出に残る温泉宿の特徴だったり、
できればそこで手に入れたラベルなども貼り付けています。

いつでも瞬時にアクセスできる

パッと開けば気になったところへ瞬時にアクセスできること、
PCやスマホでは、デバイスが立ち上がっていてもキー入力の手間も必要ですし、
ひと手間加わることは確実です。

原始的だけどシステム手帳は、目指すページを開くだけ。
この手間の無さ、安直さがなんとも良いのです。

それと、時間や場所を選ばないこと。

システム手帳には電源は不要であり、バッテリーの心配もありません。
夜中に起きて見たくなっても、それがたとえ電話の届かない山奥のテントの中であっても
部屋の電気を入れるか、電灯で照らせばアクセス可能です。

突然の停電にも、熱にも雨などの環境にも耐性がある。
これもローテクの強みですね。

書き留めたものが「システム化」して利用できる

システム手帳ってなんで「システム」っていうんだろう・・・?
というぼんやりとした疑問がずっとありました。

私は自分なりにこの「システム」の意味合いを自覚してからは、
完全に綴じ手帳の世界からシステム手帳のみになりました。

システム手帳はまさに「システム化」されてこそ価値がある
と思い至ったのです。

システム化の意味合いとメリットの認識以前、次のような使い方でした。

システム手帳の中に、紙をセットし、何かを書いて、見る。
見た結果、また書くというプロセスに戻ることはしょっちゅうあります。

そのうち手帳も分厚くなり、あるいは年の切り替えなどのタイミングで
それまでに書いてあぶれた紙を適当に保管するか、破棄しておりました。

前記の図で明らかなように、情報の流れも一方通行であって、
はみ出た紙はどこかに保管という名で、実は放置されたままになる。

何かがおかしい・・・
情報を書き留めて、最後にはどこかに放置か捨てられるだけ。

これではシステム手帳とは、単に
用紙の一時的且つ書きっぱなしのメモ
に過ぎないのではないか?

そう考えるうちに書き留めた情報が一旦そのシステム手帳を離れることになっても、
ご主人にいつでも呼び戻され、過去の古い情報であっても有意なものを提供できるなら、
書き留めた情報はシステム化され生き残る、とわかりました、

こちらの図が、「システム化」手帳なるものの基本概念です。

一旦、システム手帳から離れた紙(情報)も、
そういえば、あれはどこにあったかなぁ
と自分のリクエストを受けることがままあります。

システム手帳から離されたリフィルは、
まとめて年号と簡単なラベルを付けグループ分けして保管しています。

再登場させたいことが時々あるのですね。
問題は外したリフィルをぐちゃぐちゃにしておくと、
再登場願っても探し出せない、その労力に疲れて面倒になる、
そして出番を待っていたリフィルはそのまま放置されることが多いことです。

「システム化」とは、過去のアーカイブとして
あれはどこにあったかなぁ
の疑問にあまり手こずらないで探し出せ復活できるという意味です。

外したリフィルの整理方法にコツがあるわけでもなく、
少なくともバラバラ、ぐちゃぐちゃにはしないという意識させあれば
例えば1年単位の情報で括って、それを別バインダーに保管しておくだけでも使えます、

そうすると、過去に時間をかけてシコシコと書いてきた
積もり積もった情報がいつでも使える
そういう精神状態でいられるからシステム化として生きるのです。

書き留めた情報が二度と使い物にならない一方通行の管理では、
おのれは一体何をしているのか?
それだったら100均ショップでのノートで十分じゃん!
という心の声が聞こえてきます。

汗を流し苦しんで言語化したものの大半は二度と見向きもしないものですが、
それでも何かの拍子に自分にヒントをくれる可能性が残っています。

そのかすかなチャンスをフィードバックできるように、
再登板しやすい環境を作ることで初めて
システム手帳の「システム化」が実現できたように思います。

自分の分身としての一体感

システム手帳の醍醐味のひとつに一種の所有欲を満たす、が挙げられます。
手帳カバーのことですね。

皮革製品が多いですが、そうでない素材もあり、
なにしろデザインも多様です。

私の用途目的は「外部脳」にあるので、いつもシステム手帳を近くに置いています。
スマホや財布なんかと同じように自分の体から数十センチ以内の範囲にあります。
出かけるときも同じで、いつも一緒です。

あくまで私にとって、という意味ながら;
バイブルサイズで大きさも皮革の手触りもしっくり馴染む。
A5だと用紙は大きくて書きやすいが、重たくなる。
M5だと小さすぎて入れ物(=手帳カバー)が主役に思える。

外部脳はほぼ自分の分身だとも言えます。
だからこそ一体感をどれだけシステム手帳に感じられるかが、
ストレスなしにリアルタイムに使えるかのキモになっています。

システム手帳が好きな人も、好みは100人いたら100通りです。
何がベストかは本人しかわかりません。

私も自分自身のことについてしか言えません。

システム手帳との一体感は論理的に説明できません。
感性そのものです。

手触り感、デザイン、素材、利便性、入手した経緯、悩みや苦労が閉じ込められいること、
などさまざまな要素が絡み合って、好みかどうかも決まってきます。

本ページで最後に述べる次のセクションでは、
私自身の個人的な好みそのものの話で恐縮ですが、
他人のことはわかりませんので思うことを正直にお伝えします。

寝る時も側にいるKNOX「FLUCT」との出会い

市販されているシステム手帳はおおかた見てきたと思っていました。
しかし星5個を感じるようなシステム手帳には出会えず、
心の中で妥協しながら使っていたというのが本音でした。

2022年にある場所で展示されていたKNOXの「FLUCT(フラクト)」を見た瞬間から、
言葉にできない渇望を感じ虜になり、その場から動けませんでした。
そこで手に取った瞬間、雷が落ちたような衝撃と感動を覚えました。

その場で金額を見ずに即購入。
衝動買いそのものです。

この「FLUCT」はKNOXのフラグシップモデルの「AUTEN(オーセン)」の
次に生み出されたもうひとつのフラグシップ手帳です。

趣味の文具箱 STYLE vol.7から引用させていただきました。

品薄の抽選販売を経て今では少し落ち着いてKNOXの楽天ショップ
普通に入手できるようになりました。

完全ハンドメイドでぬくもりがあり、私にとって手にして以来、
一日も、一度も離さず一体感を味わっているシステム手帳となります。

YouTubeでもよく紹介されているのは、紹介者が女性が多いせいか
肌色の「ナチュラルカラー」が圧倒的に多いようですが私の選択は「ブラック」。

表紙にあたる牛革は「ALASKA(アラスカ)ワックスナチュラルシュリンク」
と紹介されていますが、生まれて初めて手帳カバーにて
独特の滑らかな手触り感と何とも言えない気品のある微妙な色合いを知りました。

この表紙はベルトや手帳内側の革とは全然違って、独特の風合いです。
ベルト部分の剣先構造はまた別の機会にレビューしたいくらいお気に入りです。
ここも内側もつやのある高級皮革BUTTERO(ブッテーロ)が使われています。

また「ブラック」といってもこのアラスカ部分の色はどちらかというと
灰色に近く、しかもどこかにブルーが入り込んだような趣のある色合いです。

牛皮なのに私はついアラスカ狼を連想してしまいます。
しかしアラスカ狼で連想するような粗さも凶暴さもなく、
上質で品がありなめらかなブルーグレイブラック。

アラスカ狼

このアラスカ部分を触った瞬間に、これは絶対手放せないと実感しました。
硬い皮革ではなく手に馴染み、しかも色合いがなんとも言えない。
一目惚れという言葉がピッタリなシステム手帳でした。

しかし・・・

値段は「ちっとも可愛くない」です。

モノは考えようで少し高級な革の財布を買うと思えば相対的に安く感じてしまいます。
財布を買っても、本当はその中身(お金)が増えて欲しい。
私のシステム手帳の使い方はその中身を生み出すための大切な相棒でもある。
中身を生み出せる手帳は財布より高くても価値がある。

というふうに自分を納得させました(笑)

今、私自身が愛用しているシステム手帳のことを書いていますが
この宣伝をしたいわけでは決してありません。

そうではなくて、芯からビビッと来たモノであれば命の火が消えるまで
最後まで付き合っていきたいと願う存在があるということなのです。

使っていてものすごく一体感があるのです。
今までどのシステム手帳にも感じたことが無いほど目が眩んでしまっています。
使い始めてずっとその感覚が消えないので、カバンに入れた財布よりもはるかに重視しています。

私はこのFLUCTが側にあることで、頭に瞬間的によぎる思いや発想を
なんとかここに書き留めておきたい、その相手はコイツじゃなきゃダメだ、
という思いで今日もキーボードの隣に置いています。

ここまでこの長い記事にここまでお付き合いいただいた方はきっと変わった方でしょう。

会議のためでもなく、試験のためでもなく、単にスケジュール管理したいためでもなく、
またお金儲けのためでもなく、ただ何かを書かないではいられない。

きっとそういう人だろうと想像しています。

システム手帳に文章や図、絵など頭にあることを言語化することは、
世界の認知の仕方を変える
という自発的な試みです。

誰かに言われ時間管理の犬になるためではなく、
違った見方を模索し、世界を切り取り認知するために書くのです。

ということで最後に「FLUCT」購入時に同梱されていたものですが、
手書きはやはりいいですね、今回はこれで締めくくりたいと思います。